薔薇色の部屋

ちょっぴり工事しつつ更新します

ありのままの自己を受け入れる

ただ、そのままを見る~記憶と感情のオプション選択




ある友人が以前、「花は紅 柳は緑」という言葉通りの、目の前のもののただあるがままの美しさを感じてみたいと言っていた。

感情や記憶に味付けされない、ただただ、そのままを見たい、

そんな風に見ることができたら、きっとそれは、それそのものの真の姿、本当の美しさを、見ることができたということではないだろうか、

どんなに美しいことだろう、と。


感情というものが、人間にとっては何よりも強く作用する、個としての存在の根源的なものだと感じていた私は、それを聞いた時驚いて、

個人としての感情や記憶を伴うからこそ、感じることが多様になり、鮮やかで豊かになるのに、それらを全部排除して、ただそのままを眺めるなんて、不可能だし感動が減ってしまうのではないだろうか、

と、彼女の言うことを不思議に思ったのも覚えているけれど・・・




BLOG1891




先日、以前と同じこの場所から、繰り返し見た夕暮れの空を撮りながら、
以前とは全く違って、感情を感じずにただ淡々と、空そのものだけを見ている自分に気付いた。

疲れて、ちょっと頭や感情が麻痺している傾向も、あったかもしれないけれど。(笑)
それでも、その平静さは、やっぱり前とは全く違っていた。


自分のあれやこれやの感情や記憶に邪魔されず、ただ、暮れゆく空のみを見ている単純さ。

少し暑いし疲れたな、という「個の自分としての思い」が一瞬よぎっても、
すぐにその思いは流れてどこかへ消え、ただ目の前の空を見て、感じている、ただそれだけの自然さ。


子供の頃から夜景を見ただけで震えるほど寂しくて、
なのに同時にとても惹かれて、いつまでも見ていたくて、

自分で自分の感情の強さに翻弄されながらも、でもそれがとても大切だった私。


特にここ数年は、どんなに忘れたくても忘れられないつらい記憶に悩まされて、
眠っている時には悪夢としてそれを何度でも再体験し、

泣きながら目を覚ますと、醒めた瞬間から止めようのない記憶の反芻という苦しみが繰り返され、

なんとか食料を買いに行く間だけは泣かないようにと我慢して、泣いた顔を帽子などで隠し、やっとの思いでこのスーパーの駐車場に車を止めても、

ドアを開ける前に、歩いているカップルや家族連れを見ただけで涙が溢れて止まらなくなり、
通り過ぎる人に不審に思われないよう、車の中で身を潜めて何十分も、よく泣いていた。


目に入る夕暮れも、夜空も、いつも美しかったけれど、
その美しい空とは何の関係もないつらい記憶が体中に満ちていて、私には悲しいものとしか映らず、

美しいのに、いつもますます悲しかった。




BLOG1896




1時間近く経っても泣き止むことができず、顔もぐしゃぐしゃで、

車から降りるのを諦めて、泣きながらの危ない運転をして、
結局何も買うことができずに帰ったことも、数えきれなかった。


なのに今、その同じ場所から、ただ、空そのものを見ている。
記憶を引っ張り出したり、感情でいっぱいになっていたりしないで、ただ、空っぽの率直さで。


人間は感情の生き物だということは、今も変わらず確信している。

だからあれこれの記憶や感情を、この自分独自のものとして楽しむのは、生きていることの醍醐味だとも思う。

大好きな人と見た花も、悲しい思い出のある花も、同じ花にしか感じないなら、記憶や時間を積み重ねて、感情をもって、自分という命とこの世界を体験している意味がないではないか、と。



でも、それはあくまで「オプション」なのだ。




BLOG1894




記憶と感情が結びついているのは、当たり前だと思われているけれど、実はそれは選ぶことができるものだということを、今、身をもって、やっと体験しているのだと思う。


例えば、昨日まで一緒に暮らしていた最愛の人を亡くしたら、一日の生活のすべてが愛する亡き人と結びついているから、しばらくは一日中つらい思いが出て来て、止めようがないだろう。

その状態で、感情はオプションであり選べる、なんて思わない。
もちろんそれは違う。


でも、その時のつらい感情や記憶を、物や景色、香りや言葉、季節感など、何かと結びつけて、

年月が経っても、その結びついてしまったものを見たり感じたりするたびに、つらい感情を条件反射的に引っ張り出すことは、

けして、避けられない人間の心の自動的な仕組みなどではなく、
その反応を選択しないことも、実は選べるのだ。

ちょっぴり練習はいるけれど。



数年前と違い、もうつらい記憶にほとんど害されることなく、ただ空の色を楽しんで眺めている自分を感じ、友人の言葉を思い出すと同時に、心の奥でぼんやりと思っていた。

つらい記憶をすべてと結びつけず、いつまでも思い出すことを選ばないと決めた結果が現れ始め、
こうして感情と記憶の混じりけなく、ただ見ることもできるようになってきた一方で、

これから幸せなことがある度に、それと何かを記憶として結び付け、

忘れずに繰り返し思い出しては幸せな気持ちになる、ということも、
オプションとして積極的に選んで楽しんでいこう、と。




BLOG1892 (2)




それを人は、思い出というのだから。











********

クリックありがとう!


(一日に1クリックのみでOK! PCの方は別ウィンドウで開きます。
スマホの方は、ランキングページからタイトルをクリックして、戻ってくることができます。)

********


自分の命を感じて生きたい~二度目の花と夏の夕陽




私には今年の夏はとりわけ、湿気と、クーラーと、そしてクーラーなしの暑さの、それぞれがとても堪えて、なかなかに苦戦中なのですが、

まったく日差しを遮るもののない、灼熱の反射地獄と化すベランダで、今年はなぜか数鉢の植物たちが去年までとは違う生命力を見せています。

どうしてだろう?
不思議だなあ。


5月末から6月にかけて、たくさんの花を咲かせて、その香りで私をうっとりさせてくれた梔子と、
やはり6月に、小さな細い枝に優美な花を次々と咲かせて、心配になるほど頑張ってくれた合歓が、

少し前からまた蕾を着け始め、今また二度目の花を咲かせてくれているのです。




BLOG1690




梔子は最初の時ほどわんさと蕾がついているわけではないのですが、
ほんの一つでも花が咲くと濃厚な甘い香りがするので、その香りが大好きな私は、とても癒されます。

そして合歓は、こんな小さな木に本当に花が咲くのか、咲かせて大丈夫なのか、と思うほど、まだ本当に小さな、枝の細い木なのに、なぜか6月の時よりも更にたくさん蕾がついていて、

先日から毎日次々と花が開き始め、今日の花の数は1日で15!
ふんわりふわふわの白とピンクの絹糸のような花が、これまた甘い清々しい香りを漂わせています。


とにかくもう可愛いやら、はらはらするやら。


素晴らしい世話をしているわけではまったくなく、正直、他のことに精一杯でろくな手入れをしていない、ダメな類の世話主なのに、

他の場所に移すと、太陽が当たらずもっとひどいことになると経験済みなので、仕方なく置いているけれど、本当に死と隣り合わせのような灼熱のベランダなのに、

ひと夏、それもわずか3カ月足らずの間に2度も、こんなにもたくさん花をつけてくれるなんて、どういうことなの。

無理して生命力使いすぎて、弱ったりしないよね、大丈夫だよね、ほんとに無理しないで、と、
嬉しいけれど、いじらしくて心配で。




BLOG1691




ともあれ、毎日水をやる度に、こんな小さな植物も、こんなに生命力溢れているんだなあ、と思うし、

彼らなりに精一杯、私を励ましてくれているような気がするし、
(植物も人との間に絆を感じて、反応するというのは、昔から色々なところで言われていますよね。)

愛情や命のあたたかさに触れている気がするのです。




BLOG1693




残念ながら、どちらの花も今のところ写真が撮れていないので、今日の画像は先日撮った夕陽です。
撮った場所は移動していますが、全て同じ日の、ほんの20分ほどの間に撮った、空の写真です。

そうそう、これを撮った日は、台風通過前でした。
だからちょっと不穏な感じの雲の色です。

それに、夏至の頃と比べると、もうだいぶ暮れ始めてから沈むまでの時間が短くなってきました。


それもそのはず、今週、7日(月)は立秋。
昨日8日(火)は満月でしたね。

暦の上では、とよく言いますが、実感としても、朝晩は涼しくなってき始め、風が涼しくなってくる季節なので、今年のこの数か月の過ごしにくさが、少しずつ楽になって来るのではと期待しています。


加えて、スピリチュアル系の人々によると、昨日はライオンズゲートなるものが開いた日でもあり、どんどんありのままの自分で生きる方向へ、世界が進んでいるのだとか。




BLOG1697




私もこの鉢植えたちのように、その日、その時、その瞬間、精一杯の自分の命を、自分という生きもの全体を、自分でしっかりと感じながら、大切に生きられるようになっていきたいなと思います。

今までその感覚が全然わからなかったので、まだ自分の心身に注意を払うことを、マイナスの地点からやっと学び始めているという所ですが、

まだこんなにできない、と落ち込むのではなく、それでもほんのちょっとずつでも、進んでいるのを評価して、自分を励ましていけたらいいなと思うのです。


そうして自分の内を見ること、内側の豊かさや平安を見つけていくことが、外側にも反映されるということを、改めて気づかされることが重なった、この数日間でした。

最近、前よりはできるようになってきた気がしていたのに、まだすぐ外の現象(現実)ばかり見て、焦ったり落ち込んだりの反応でいっぱいになる(なっていた)ことに気付き、ハッとしました。


でもこれも、きっとこうして何度でも、気づいたらまた内側に注意を戻して、という訓練で、上手になっていくのだろうと思います。慣れなんだろうな、と。




BLOG1698




慣れていないと、自分の体が、心が、直感が、何を今感じているか、訴えているかを、敏感にとらえることって、本当に難しい。

赤ちゃんの時には、誰でも自然にできていて、それ以外はできなかったくらい当たり前のことなのに、人は育つ過程で、それを積極的に無視するように訓練してしまう傾向があり、特に私はそれが重症。

いまだにお腹が空いたとか、眠いとか、そんなことさえ察知するのが遅れるし、感じてもその体の感覚に従うことができず、むしろ逆らう訓練が徹底してしまっていて、そこから抜け出すのが大変です。

自分のことなのにね。


でも、時にそんなダメダメな自分に絶望しそうになっても、気持ちをとり直す練習もちょっぴり進んで、少しずつ色々なことが進んでいると感じ・信じることができ始めている、今日この頃です。







※新しいもう一つのブログ魂は ものがたりを語るもよろしく。
最新記事は「読めない名前を持つ父~「陽」の字が私を守った 2」です。

********

クリックありがとう!


(一日に1クリックのみでOK! PCの方は別ウィンドウで開きます。
スマホの方は、ランキングページからタイトルをクリックして、戻ってくることができます。)

********








私の色・BO11~魅惑の色彩オーラソーマ




今日から8月なのに、梅雨が終わらないかのようなじっとりしたお天気続きで、バテバテの花陽です。
連日、眠くてだるくて、だるくて眠くて、もう・・・☆

みなさまもお体にはお気を付け下さいませ。
お互い、ひどく夏バテしないように注意しましょうね。


さて、今日は前回の記事に書いた、好きだったのに離れていたもののひとつの話を。

前回載せたこの写真ですが、ご存知の方もいらっしゃるでしょうか。



BLOG1622-p
珍しく、ちょっとソフトフォーカスにしてみました。



オーラソーマというカラーセラピーで使われる、100本以上の美しいボトルのうちの一本です。

ボトル11番。
「花の鎖」という印象的な別名がついています。


もう10年以上も前、確か大丸だったか、東京の百貨店の片隅で、白い棚にしんと並べられていたボトルの色の美しさに、色とキラキラしたものの好きな私は一目で魅力を感じ、

それからすぐにオーラソーマについての本を読んだり、ネットで無料診断を試したりしていました。

でも、多色の色鉛筆の画像を見るだけでも、うっとり眺めてしまって時を忘れるような私。

初ボトルが欲しいと思いながら、美しい色合いに迷ってなかなか選ぶことができず、やっと選んだのが、上の画像と同じ色の、小さいサイズのものでした。(ミニボトルは現在は販売終了。)




無題 (2)-p




購入してから数年後に撮った写真です。
手前のバレッタを撮った写真なので、ボトルは脇役としてぼやけていますが。


オーラソーマのボトルは二層の植物オイルからなっており、この美しい色も、ひとつひとつ違う素晴らしい香りも、石油系の色素などを使わず、ほぼ自然なものからできているそうです。

それだけでも驚きなのですが、ボトルが作られたいきさつも、かなりドラマティック。

子供の頃から人のオーラを見ることができる能力があったイギリス人の女性が、人生の後半に視力を失ってから、啓示を受けて作り始めたのだとか。

この美しい色を、盲目の人が作ったなんて・・・人間は本当は、常識とはかけ離れた、不思議な力と可能性を持っているのだと思わせてくれます。




名前ボトル2
(画像はアートビーイングHPからお借りしました)




私が選んだこのピンクのボトル、最初はピンと来ないまま注文したのです。
当時まだ私にとって、ピンク色というのは、自分とはかけ離れた、縁の薄い色でした。

ピンクの小物を持ったことさえないというくらいだったのを、少しずつ変えてみようとし始めていた頃で、自分にしっくりくる色は、白、ブルー、ラベンダー、というような寒色系だと思っていました。

オーラソーマのセラピーは、その時に気になるボトルを、4本選ぶことになっています。
そのボトルから、自分の本質、現在の状態や課題などが示唆されるようになっています。

私もネットでこの無料診断を時々試していたけれど、いつも似通った色のボトルを選ぶものの、その時によって違うし、4本一度に購入するより、最初に一本だけ欲しくて迷い、

結局、自分の「誕生数のボトル」である、上がクリアで下がピンクの、なんともやさしい、自分には不似合いな気がする色合いの、この11番「花の鎖」と呼ばれるボトルを注文したのでした。


というわけで、好きなものから一つ選ぶことができなかったから、あまり好きとは感じないけれど、専門家に勧められたものを選んだ、というような、あまりわくわくしない選び方だったのに、

不思議なことに、香りの好みがかなり限られている私ですが、このボトルは香りがたまらなく好きなのです。


その時はまだ知らなかったのですが、この美しいボトルは眺めるだけのものではなくて、中のオイルを自分の肌に塗布することで、色々な効果が得られるものだそう。

本来は4本のボトルを選ぶと、その人の本質、現在の状態や課題などがボトルの色に現れ、順を追ってそれらのボトルを使うことで、オーラを活性化し、魂からケアしていくのですが、

私のように誕生日ボトルや、「今年のボトル」などを使うこともOK。

私も今回のボトルが届いた翌日から、早速色だけでなく香りも楽しみながら、オイルを肌に使っています。

とても癒される一瞬です。




B011-3



さて、もうちょっとこの11番のボトルや誕生数について書きたいのですが、それは次の記事にするとして、今回はこの辺で、興味を持った方のためのリンクを紹介しておきますね。

よろしかったら、ご自分の誕生ナンバーのボトルなどを無料診断してみてください。

あなたの誕生数ボトル(と今年のイヤーボトル)


4本の好きなボトルを選ぶと、より現在の自分を知ることができる、「オーラソーマ・カラーリーディング」も楽しいですよ。

キラキラのボトルの色を見ているだけでも楽しいし、そのボトルが表す詳しい説明を読んだら、もしかすると心当たりのあることが書かれていて、びっくりするかもしれません。


☆オーラソーマのことや使い方の要点がよくわかる「クイックガイド」








(つづく)




※新しいもう一つのブログ魂は ものがたりを語るも更新中。
最新記事は「読めない名前を持つ父~「陽」の字が私を守った 2」です。

********

クリックありがとう!


(一日に1クリックのみでOK! PCの方は別ウィンドウで開きます。
スマホの方は、ランキングページからタイトルをクリックして、戻ってくることができます。)

********




 *Welcome My Sunny Rosy Room*
    **クリックありがとう!**

*どちらも別ウィンドウで開きます*

user-banner[1]

**********
line1 (2)-85
          記事検索
        *contact*
       *花陽の別ブログ*
愛する物語世界の浪漫、美しい日本語、
名前の持つ不思議な力など・・・更新中!
       ギャラリー (Click!)
  • 秋薔薇の季節
  • 小さな花のリング
  • 秋めくココロ2~すみれ色のスワロフスキーとボルドーの薔薇
  • 秋めくココロ2~すみれ色のスワロフスキーとボルドーの薔薇
  • 「秘密」
  • 秋めくココロ1~長年の憧れ・YUWAの”Gloria”
  • ただ、そのままを見る~記憶と感情のオプション選択
  • 愛しい恐ろしい私たちの日本~Amazonもクロネコも郵便局も
  • 私の色・BO11~魅惑の色彩オーラソーマ
  • 再会~おかえり、私の愛するもの、愛すること
  • 久しぶりの夕陽~したいことを優先する体験
  • 強烈な直観?~わかるはずがないことがわかる時
  • 結ばれる願い~淡色リボンとスワロフスキーのブレスレット
  • 幸せは自分が創り出しているものらしい
  • 富士山とツイッター(の可愛い子)に癒された日
        薔薇色工房

        **Gallary**

2012-1225-BLOG4269-90 (3)    BLOG6593 (3)    BLOG5947 (4)
BLOG7998 (4)    BLOG7628 (4)    DSCF6609 (3)-trim
DSCF4054 (3)-trim    2011-0519-BLOG8635-90 (2)    BLOG1995 (4)
ブログで育てた苗木を本物の大地に植樹しよう
        QRコード
QRコード
         ***
/*リンクの下線はなし、マウスオンで下線あり*/