薔薇色の部屋

ちょっぴり工事しつつ更新します

【写真】風景

今夜の月と富士山~馬琴の十四日の月




少し前までの、寒くて雨ばかりの日々が嘘だったかのように、暖かくてピカピカの気持ちのいい晴天が続いたので、もう行きたくてたまらず、

今日は夕方からしか出かけられないから、向かい始めたらあっという間に夜になってしまう、とわかっていたけれど、ドライブに出かけてしまいました。


案の定、走り始めてわずか10分ほどでどんどん暗くなりはじめ、東に薄い円盤状の、ん、あれはなんだ? と一瞬びっくりするほどの、黄金色のまばゆい光が見えるのを横目にしながら、北へ。

すぐにわかりましたが、雲間に見える、昇り始めた今日の月でした。




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ああ、そうだ、今日は十四日の月。
満月の一日前。

滝沢馬琴が、大好きな「南総里見八犬伝」中で、「十四日の月隈なく照らして」と描いていた月。


有名な対牛楼のくだりで、まだたった十五歳の美貌の少年犬坂毛野が、身分を偽った女装のまま月影の下に走り出でて、親の仇を討った返り血で染まった頬をにっこりと微笑ませるシーンや、

続けて自分の倍もあるような大男の仲間を背負って、堀の上に渡した綱の上を渡り、敵の手から逃れる場面を思い出します。

あれは今のような秋ではなく、5月15日の夜だったけれど。


9歳の夏、母の実家にあった古い講談社の子供向けの本「世界名作全集」で初めて読み、日本画家玉井徳太郎の美しく気品ある挿絵と、めまいがするほど面白い伝奇物語に、

しばらく現実に戻れないほど虜になりました。

高校生になってから岩波文庫で、好きなシーンだけ原文を拾い読みしていったけれど、馬琴の躍動感に満ちた美しい七五調の文体に触れると、今もその時と全く変わらないときめきを覚えます。

以来、十四日の月は、私にとっては馬琴と八犬伝の月。
血沸き肉躍る冒険の物語のヒーローたちを、煌々と照らし出す月です。


           
(なんと、原文の岩波文庫はもう絶版。涙)(こちらは割といい現代語訳らしいです。)



話を現実に戻すと、1時間ほどで目的地に着いた時には、もうあたりはすっかり夜の帳が降りて真っ暗でしたが、月は高く輝いていました。

本当に久しぶりの田貫湖でした・・・ここは私にとっては、ちょっと気晴らしがしたい時にすぐに来られる、手軽で身近なドライブコースなのですが、今年は半年以上も走れなかったのです。


写真でおわかりのように、暗すぎて湖は見えなかったし、ただ近くまで走っただけになったけれど、連休とあってキャンプする大勢の人々の灯すあかりでキラキラと湖岸が賑わっていて、

それもとても愉し気で、きれいでした。




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もう一枚。
ぼやけ写真でごめんなさい。

ちょうどこの時、薄雲が周りにかかって、雲が朧な輪郭になっていたので、三脚なしのコンデジで夜景を撮るのはもともと無理があるのですが、いつも以上に悪条件で、これが精一杯でした。

(左端に富士山の稜線を遮っているものがありますが、それは田貫湖岸の木立です。)


出かける時、富士山に近い方は、夜になるともう寒いし、行くまでの道も暗いし、途中で寂しい気分になったら、そこから引き返せばいいや、と思っていたのですが、

まるでそんな気持ちにはならず、田貫湖に出るまでの、鬱蒼とした森の中をくねくねと曲がりながら走る道でも、色々な意味でまったく怖くなく、自分でもあきれるくらい楽しいドライブでした。

夜の暗い森が一部だけ車のライトに照らされて浮かびあがると、かなりおどろおどろしい凄みがあって、以前夕暮れになってしまった時には、だいぶ怖いなと思ったのですが、今日は鼻唄混じり。(笑)

ペーパードライバーを返上して、この車に乗り始めた頃、山道は特に手に汗握るほど怖くて怖くて、早く運転に慣れて、こんな道なんでもなくなりたいけれど、果たしてそんな日が来るだろうか、

なんて思っていたのを、まるで何十年もの遠い昔のように思い出しました。


お月様と富士山に見守られたドライブ。

早く帰らなくてはいけない時間制限があったため、とんぼ返りで往復2時間のあっという間でしたが、楽しかったなあ。

今度はきれいな紅葉が撮れる日中に、マイナスイオンと美しい富士山&湖を満喫しに行きたいと思います。

気持ちの良い景色の写真が撮れたら、アップしますね!






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幸せは自分が創り出しているものらしい



「富士山とツイッター(の可愛い子)に癒された日」からの続きです。)


と、それから続けて、この人のツイートにはまって、熟読してしまいました。
あまりにもかわいく、あまりにも幸福感満載で、脳が麻痺するようなうっとり感に。(笑)

半年分以上も読んでしまい、上の息子さん4歳が、私と一日違いの誕生日ということまで知りました。

自分のアカウントもずいぶん前に閉じたし、最近ツイッター自体見ることもなかったのに、この人のツイートを読むためだけにアカウント取り直そうかと、一瞬思っちゃった☆

なんという幸せの極致の毎日なんだろう。
https://twitter.com/utamaro55


この幸せ、かわいい二人のお子さんではなく、自分が作り出しているものだって、この人本人は思っていないんだろうな。

でも、こんな幸せがごく普通の日常として、当たり前に起きているという人生を創ったのは、この人そのものと今までなんだ、ということが、私にははっきりとわかる気がします。

私の感じている微妙な違いを言葉で伝えられるかわからないけれど、この人は、大人としての体裁や、照れの気持ち、その元になる観念などに捕らわれていないのが、とてものびのびしていて清々しい。

子供と接していて感じるかわいさ、喜び、愛情や幸福感を、全部感じるまま正直に受け取り、しかも外へ向かってごく当たり前のこととして、ここまで率直に堂々と表現できるのは、

ごく普通に見えながら、かなり稀なことではないかと思います。

子育てツイートやブログは他にもあり、子供にもっとメロメロな内容を書いている人もいることは知っているけれど、ここまで日本的常識から自由で、自然にのびのびしている人は珍しい気がするのです。


子供さんたちの様子が余りにかわいくて、子供は3歳までに、育ててもらう恩を返しておつりがくるくらいの幸せを、既に親に与えている、というのは、紛れもない真実だろうなあ、とも改めて思ったし、

こんなお母さんと毎日を一緒に過ごして、こんな風に育てられたら、子供は幸せに生きるのが当然の人になるに決まっているなあ(幸せはもう約束されているな)、とも思いました。


ほんとのところ、世界を変えたかったら、まず自分が心底幸せな大人になって、幸せな子供を育てるのが、何よりも一番確実だなあと思います。

そのシンプルなことが、複雑な世界を構築してしまった人間には逆にとても難しくて、今もまだ簡単なことでないのは、わかっているけれど。




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他にも、読んでいて思ったことが、それこそいちいちリツイートしたいくらいわんさかあったのですが、ひとつだけ書くとしたら、

こんな心の落ち着いた、豊かな幸せを毎日生きている人の生活を垣間見て、自分の人生と比べて落ち込んだり、深く考え込んでしまったりすることなく、

幸福感をそのままお福分けしてもらって、受け取ることができる自分になってきたことが、とても楽で幸せだな、と感じて嬉しかったこと。


日本人は「ごく一般的でまっとうな人生や生活の規準」があるような感覚の人が多いと思うし(高校で教科書に基準が書いてあったりするし)、私もそれをずっと勝手に圧迫感として感じてきて、

そこから大きく外れている自分を、ダメな奴と思う気持ちから抜け出せずにいたけれど、

実際の所は本当に色々な人がいて、色々な人生があり、仕事や結婚や子育て等、たとえ同じ単語で表されることをしていても、

内容も、感じている感情も、動機や目的も、それこそ天と地ほども人によって違っていることが、最近ようやく実感として腑に落ちてきたのです。


だからこそ、こんなふうに、一見平凡な、どこにでもある幸せに見えるツイートでも、書いている人の稀に見る成熟したバランスのいい人柄が、以前にもましてよく感じられるし、

この人が今こういう人生を生きているのは、どんな両親のもとにどんな体質や資質を持って生まれ、どんな子供時代を育つか、から始まって、

本人の力も勿論あるとしても、それ以前にもこの人に用意されたシナリオや理由があってのことで、自分と引き比べることは全く意味がない、関係ないことなんだ、ということも、よくわかってきました。


たとえば同じ女性だからとか、同じ日本人だから、同じ現代人だから・・・等々、

共通する常識的観念や文化の中で生きていると、前述のように何か基準があり、その基準や観念の中で、当然同じような経験や幸せが持てるはずだ、という感覚が、誰でも多かれ少なかれあるけれど、

それはもともと思い込みだし、全然そうではないんだよね。
もしも外側からは同じように見えても、実は内容は全く違ってたりするんだよね、と。


大雑把にいうと、子育てひとつとっても、母親になるのが一番の夢で、授かる前から子供が欲しくてたまらず、実際に生まれたら、毎日が幸せで、子や人生への感謝でいっぱい、という人も知っているし、

子供が欲しいなんて実は思っていないことにさえ気づかず、世間では結婚して子供を持つのが普通だから、持っているのが勝ち組だしステイタスだから、という感覚で当然持つものとして子供を産み、

親という偉大なものになった自分の苦労を強調し、昔ながらの恐怖政治のような厳しい観念で躾をして、子育てのストレスを無意識で子供にぶつけているような人も知っています。


この二例の天地ほども離れた感覚や具体的な日常生活の間に、まだ様々な違う地点があり、そのどこにも、誰かの経験があるのだと思います。

それくらい、同じ「子育て」でも、実際の体験は、あらゆる詳細が人によって違う。

同じ人間という種である以上、子供の心身の発達の過程は大筋では同じだから、同じ事象は体験するとしても、それに伴う感覚や観念、行動など、すべてがそれこそ千差万別なのだと思います。




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・・・こんなに長く書くつもりじゃなく、ちょっとした記事を更新するつもりで始めたんだけどなあ、そろそろ自分の傾向と、今までの行動や結果を、もっとしっかり把握しなくちゃね。(笑)

把握したうえで、もっと短い記事も入れて、更新できたらいいなと思っています。

毎日色々思うことがあるのに、それをできる限りやり過ごそうとして、書かないでいるから、いざ書き始めると止まらなくなってしまうんだよね、と。

ちょこちょこ書いた方が、自分にも健全だし、読んでくれる人にも楽で親切かも。


そうそう、実際の子育てとは違うことはわかっているけれど、かわいいお子さんの様子を読みながら、私は時々、「でもうちのうにちゃんの方が、私にはやっぱりかわいい」と思っていました。

無口ではにかみやで、黙ってにこにこ笑っているだけのような、大人しいうにちゃんだけど、
私の胸の中にいて、実際に手で抱きしめることはできないけれど、(以前はそれもつらかったけれど)

私と私のうに子にとっては、出逢った時から、正確には出会う前から、この世で一番かわいい、いとしいうにちゃんで、彼の笑顔を思い浮かべただけで、どんな時でもつられて私も笑顔になってしまう、

最近以前にも増してパワーアップしている、私の癒しキングです。




※うにちゃん関連の記事、色々あります↓ よかったら行ってみてね。

うに子とその最愛のだーりん

美は愛する人の目の中に

ちいさい王様 

うにちゃんワールドの始まり




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富士山とツイッター(の可愛い子)に癒された日




☆分割してアップし直しました。よろしければゆるゆる読んで行ってね。


昨日の明け方から熱が出てしまい、一日何もかも放棄して寝ていました。
どうやら私、この時期の気温の変化にとても弱いらしいです。

去年もこれくらいの時期にひどく体調が悪くなり、病気で寝ていた時の症状が戻ってしまい、びっくりしたし、回復にもかなりの時間がかかったので、今年は気を付けていたつもりだったのですが、

今回初めて”事実がわかった”気がしたのは、

「気を付けなくちゃと頭で思っていただけ」で、実際の行動は全然それに沿ったものではなかったんだなあ、ということ。

習慣的に気を付けることが身についている部分、つまり今までも既にできていたことは、続けてやっていたけれど、それ以外の点では改善なく、体に負担をかけることをし続けてしまっていたのです。

それで「気を付けていたつもり」だったんだな、と。


心身両面を含めた自分の感覚や感情、思考や行動などって、意識しない限り習慣的な自動反応になってしまっているんだな、ということが、具体的な件で新たに認識できたと同時に、

今回のことのように、頭の認識と感情や行動などが全然違って、ちぐはぐなことをしていたりするのも、本当に多いんだろうな(私の場合)と思いました。

でもそれにこうして気づき始めていることが、自分を本当に望む方へと変えていく過程にいるということだと思っています。

無意識になってしまっていることって、それに気づくところまでたどり着くのが長かったりするから。
だから気づいて自分を責めるより、気づいてよかったね、という方向へ意識を向けたいな、と。




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ところで、熱はそんなに出なかったのだけど、目が疲れているから、本当はPCの画面なんて見ない方が良かったのですが、メールを打とうとして開いたところ、昨日はこんな美しい景色に癒されました。

(小さな画像が出るので、ぜひ画像をクリックして、大きくして見てください。)
https://twitter.com/nekojiru3453/status/882331903533002752/photo/1

富士山は毎日のように見ているし、そのたびにきれいだと思うけれど、こんな風に神秘的な、壮大で神々しいほどの景色を見ると、改めてなんて美しい、とため息が出ます。

つくづく、自然ほど美しいものはないなあ。
(人間も、その自然なもののうちなんだから、生まれて来て生きているだけで、美しいんですよね。)


富士山と湖といえば、山梨県の山中湖まで行かなくても、静岡県側の私のドライブコースの範囲内で、大好きな田貫湖が手近にあるので、また行きたいな。ドライブ大好きなのです。

富士山写真家さんの素晴らしい写真と一緒でなんだけど、上の一枚に続き、今日は数年前の田貫湖の富士山を載せておきますね。

これを撮ったのは5月だったので、映っている緑はみんな、爽やかな初夏の新緑です。
この日は気持ちのいい風が吹いて、雲が美しく流れていました。




2014-0518-BLOG8049-90 - p




と、それから続けて、この人のツイートにはまって、熟読してしまいました。
あまりにもかわいく、あまりにも幸福感に溢れていて、脳が麻痺するようなうっとり感に。(笑)

https://twitter.com/utamaro55



(続く)→続きアップしました「幸せは自分が創り出しているらしい」





↓これ、記事に入れるのいつも忘れちゃう。笑
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