薔薇色の部屋

毎日にあふれる 私の "大好き!"          

日々思うこと

あの世に行きたくなった後には、この世に引き戻してくれる音を




夏至の翌日から突然、yahooにお天気を見に行くたびに、毎日、広告欄にウェディングドレスと芝刈り機が表示されるようになりました。

びっくりです。(最初、画像が小さくて耕運機かと思った。)
そんなものを検索した覚えはいっさいないのに、なにゆえ? とあっけにとられて、

これはつまり、近々最愛の人と結婚して素敵な庭付きの家に住むというお告げ

ということにしておくことにしました。(笑)
聞くところによると、夏至から大きく地球の波動が変わったというし、人生なんだってあり得る


冗談はさておき、この数日突然蒸し暑くなったお天気など、いくつもの要因が重なって、体力的にも気持ち的にも相当なギブアップ状態になり、先日久々に布団から起きだせず、

「もう生きているのを放棄して楽になりたい」

くらいの勢いで、どっぷり落ち込んで浮上できずにいました。


向こうへ行ったら、きっと妹(猫)が待っててくれるよね、ごんちゃん(親戚宅の、世界中で一番私を愛してると、生涯に渡って全力で表現し続けてくれた柴犬)も迎えに来てくれるよね、

今すぐ会いたい、とめそめそ。

他にもぷくちゃんという弟(白文鳥)も向こうにいるし、そういう時は本気で、向こうの方が楽しそうな気がします。


落ち込みがもうちょっと軽度の時には、好きな曲や映画、本などで気を引き立てようとすることもあるのですが、こんな時には、大好きなピアノ曲などの音楽も、ダメなんです。

美しい音色を聴くと、却ってますますこの世から離れたところへ向えるような気がしてしまう。


こんなふうに軽く書いていますが、もう少しで京都の地下鉄に飛び込むところだった時の他(後始末をする職員さんたちが気の毒で、できなかった)、10~20代で3回は本気で危なかったことがあり、

その他にもつい最近まで、「このまま朝が来なければいいのになあ」と眠る前に願う日の方が、そう思わずに眠った日より圧倒的に多かったので、

今もまだこうして落ち込んだ時には、ごく一般的な程度の落ち込みより、普通の人なら耐えられないような、かなり強力な絶望感を味わっていると思います。

なにせトラウマ体験のキャリアが、そんじょそこらのトラウマ持ちとはケタ違いだから。(笑)
(詳しくは別ブログを・・・と思ったけど、あちらにもそんなに書いてなかったので、ま、いいか。)


ともあれ久しぶりにその程度まで落ち込んで、なかなか浮上できなかったのですが、あたたかい友人のおかげと、これまでに培った独自の対処法が功を奏して、

昨夜体が少し楽になると共に、気持ちもだいぶ上向きになってほっとしました。


そこで早速、youtubeで聴いたのが、この曲。
前に一度載せましたが、久しぶりにもう一度アップしますね。

大好きなバイオリニスト古沢巌さんの、アップテンポアレンジの「愛の賛歌」です。








前にも書きましたが、この曲、もともとはあまり好きではなかったんです。
でも、このアレンジはものすごく好き。

特に、この洗足大学の学生さんたちと演奏しているものが好きで、CDにも同じ曲が入っていますが、そちらよりもこの演奏が好きでたまりません。

この動画を初めて聞いた時もそうでしたが、ノリのいい軽やかなテンポに揺られていると、なぜだか涙が出て、生きているっていいなあ、人間っていいなあ、と、

この世が素晴らしく美しく、あらゆる愛に満ちて、

寿命が来て去ることになった時でも、あまりに去りがたくてすぐに戻って来たくなってしまうだろうと思うほど、

いとしく懐かしい場所だということを、体の奥から思い出させてくれるのです。


私にとってもっと魂の奥深くから揺さぶられ、この世を超えた時空と繋がっている気がする、ショパンやモーツアルトやチャイコフスキーではなく、

この曲を演奏している古澤さんの心から愉しそうな様子や、笑顔で演奏している学生さんや、この場の空気と音色とが、

生きていること、生まれてきたことが、それだけで幸せなんだと、

なぜか私を、この世のあたたかい光の元に引き戻し、言葉にならない真実を思い出させてくれる気がします。



ありがとう、天と、そして古澤さん。

I'll be reborn over and over again like the Phoenix by the light and flame given to you. 




9.愛の賛歌 試聴できます。







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ただ、そのままを見る~記憶と感情のオプション選択




ある友人が以前、「花は紅 柳は緑」という言葉通りの、目の前のもののただあるがままの美しさを感じてみたいと言っていた。

感情や記憶に味付けされない、ただただ、そのままを見たい、

そんな風に見ることができたら、きっとそれは、それそのものの真の姿、本当の美しさを、見ることができたということではないだろうか、

どんなに美しいことだろう、と。


感情というものが、人間にとっては何よりも強く作用する、個としての存在の根源的なものだと感じていた私は、それを聞いた時驚いて、

個人としての感情や記憶を伴うからこそ、感じることが多様になり、鮮やかで豊かになるのに、それらを全部排除して、ただそのままを眺めるなんて、不可能だし感動が減ってしまうのではないだろうか、

と、彼女の言うことを不思議に思ったのも覚えているけれど・・・




BLOG1891




先日、以前と同じこの場所から、繰り返し見た夕暮れの空を撮りながら、
以前とは全く違って、感情を感じずにただ淡々と、空そのものだけを見ている自分に気付いた。

疲れて、ちょっと頭や感情が麻痺している傾向も、あったかもしれないけれど。(笑)
それでも、その平静さは、やっぱり前とは全く違っていた。


自分のあれやこれやの感情や記憶に邪魔されず、ただ、暮れゆく空のみを見ている単純さ。

少し暑いし疲れたな、という「個の自分としての思い」が一瞬よぎっても、
すぐにその思いは流れてどこかへ消え、ただ目の前の空を見て、感じている、ただそれだけの自然さ。


子供の頃から夜景を見ただけで震えるほど寂しくて、
なのに同時にとても惹かれて、いつまでも見ていたくて、

自分で自分の感情の強さに翻弄されながらも、でもそれがとても大切だった私。


特にここ数年は、どんなに忘れたくても忘れられないつらい記憶に悩まされて、
眠っている時には悪夢としてそれを何度でも再体験し、

泣きながら目を覚ますと、醒めた瞬間から止めようのない記憶の反芻という苦しみが繰り返され、

なんとか食料を買いに行く間だけは泣かないようにと我慢して、泣いた顔を帽子などで隠し、やっとの思いでこのスーパーの駐車場に車を止めても、

ドアを開ける前に、歩いているカップルや家族連れを見ただけで涙が溢れて止まらなくなり、
通り過ぎる人に不審に思われないよう、車の中で身を潜めて何十分も、よく泣いていた。


目に入る夕暮れも、夜空も、いつも美しかったけれど、
その美しい空とは何の関係もないつらい記憶が体中に満ちていて、私には悲しいものとしか映らず、

美しいのに、いつもますます悲しかった。




BLOG1896




1時間近く経っても泣き止むことができず、顔もぐしゃぐしゃで、

車から降りるのを諦めて、泣きながらの危ない運転をして、
結局何も買うことができずに帰ったことも、数えきれなかった。


なのに今、その同じ場所から、ただ、空そのものを見ている。
記憶を引っ張り出したり、感情でいっぱいになっていたりしないで、ただ、空っぽの率直さで。


人間は感情の生き物だということは、今も変わらず確信している。

だからあれこれの記憶や感情を、この自分独自のものとして楽しむのは、生きていることの醍醐味だとも思う。

大好きな人と見た花も、悲しい思い出のある花も、同じ花にしか感じないなら、記憶や時間を積み重ねて、感情をもって、自分という命とこの世界を体験している意味がないではないか、と。



でも、それはあくまで「オプション」なのだ。




BLOG1894




記憶と感情が結びついているのは、当たり前だと思われているけれど、実はそれは選ぶことができるものだということを、今、身をもって、やっと体験しているのだと思う。


例えば、昨日まで一緒に暮らしていた最愛の人を亡くしたら、一日の生活のすべてが愛する亡き人と結びついているから、しばらくは一日中つらい思いが出て来て、止めようがないだろう。

その状態で、感情はオプションであり選べる、なんて思わない。
もちろんそれは違う。


でも、その時のつらい感情や記憶を、物や景色、香りや言葉、季節感など、何かと結びつけて、

年月が経っても、その結びついてしまったものを見たり感じたりするたびに、つらい感情を条件反射的に引っ張り出すことは、

けして、避けられない人間の心の自動的な仕組みなどではなく、
その反応を選択しないことも、実は選べるのだ。

ちょっぴり練習はいるけれど。



数年前と違い、もうつらい記憶にほとんど害されることなく、ただ空の色を楽しんで眺めている自分を感じ、友人の言葉を思い出すと同時に、心の奥でぼんやりと思っていた。

つらい記憶をすべてと結びつけず、いつまでも思い出すことを選ばないと決めた結果が現れ始め、
こうして感情と記憶の混じりけなく、ただ見ることもできるようになってきた一方で、

これから幸せなことがある度に、それと何かを記憶として結び付け、

忘れずに繰り返し思い出しては幸せな気持ちになる、ということも、
オプションとして積極的に選んで楽しんでいこう、と。




BLOG1892 (2)




それを人は、思い出というのだから。











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愛しい恐ろしい私たちの日本~Amazonもクロネコも郵便局も



夏バテ気味の花陽です。

今日は前に下書きして、仕舞い込んでいた記事をアップします。
画像も季節外れですが、気に入っている写真なので、ぜひ見て行ってくださいね。

また更新します!

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時々、近所のドラッグストアでは見つからない漢方系のお茶など、私にとっての必需品をamazonに注文するのですが、

先日も、他で探して見つからなかったオーガニック食品をアマゾンで発見、注文しました。

すぐに欲しかったので、表示で在庫のあるのを確認して注文し、いつも通り、遅くても二日後には届くと思っていたのですが、

なぜかその日も、翌日も、更にその次の日になっても、「発送のお知らせ」メールが届きません。
おかしいな、と思ってアマゾンの「発送状況」を見てみたら・・・


なにこれ。
こんなの初めて見た。

と。



最初に普通の時の表示の、発送済みの位置を見てくださいね。
(文字が小さくて見にくいので、クリックして大きくして見てください。)

amazon2

普段はこの「発送済み」から「配達完了」までの間に、もうひとつ「輸送中」という表示が出て、完了するとそれが消えるという具合です。

それぞれの地点の長さが、ちょうどよく等分されている表示。

なので、いつも「発送」は直線のこのくらいの位置に表示されるものだと、意識もせずに当然のこととして、そう思っていました。


が、今回の注文の表示では・・・



amazon-1


そうなんだ、長いのね・・・
発送予定までが、こんなになが~いのね・・・・・・了解、気持ち、わかった。(笑)


たったこれだけのことなんだけど、こんな先(右)に発送予定が出ることがあるんだ! とびっくりして、何があったか知らないけれど、無理しないでね関係者各位! と、ちょっと笑ってしまいました。




2009-0606-BLOG6779 (2)




最近、郵便や宅急便関係については、色々と話題や実際の変化があり、私も影響を感じている一人だけれど、

日本のサービスの速さや正確さは、たいていの国と比べたら異常なほどのレベルだということ、

それに慣れて当然と感じてしまっている一方で、それが決して八方に心地よいサービスの形とは言えず、それを提供するために累積していく歪(ひずみ)の害を被っている人たちがいるだろうこと、

だからその高いレベルのサービスが、必ずしもすべての面で良いものだとは限らないこと、
などなどは常々感じて、改善されるべきだと思っていたので、

逆に、今までの「安い料金で、翌日すぐ、指定された時間に、必ず届くのが当たり前」という方が異常なほどすごいことであり、無理があって当然、だと私は思っています。


全部機械が自動でやってくれているのなら、それも嬉しいけれど・・・
荷物を詰めたり、輸送したりしているのは、人間だもの。

いったい夜勤で働いて、私の注文を夜中まで処理して、明日届くようにしてくれている人が、何人いるんだろう、同じような仕事をしている人が、日本中にどれくらいいるんだろう、

そんなことしなくていいから、寝てほしいなあ、

夜勤をするなら、あくまで日勤と同じ体に無理しない夜勤で、希望する人が選んでするもので、
夜勤手当があるから嬉しいとか、夜道は空いていて走るのが気持ちいいとか、

夜勤を選ぶ人がそういう風に自分の中で理由があって選択するべきものだよね、
と思っていました。

そんなふうに、心身ともに健康的にやるものという設定にしてほしい、と。


利用する方も、そのサービスを得るための適切な割り増し料金を払うなどして、お互いに満足で、得るものに釣り合ったサービスになっているならいいけれど、

価格競争の結果、安くて早くて正確ですごいサービスのために、過労になる人がいるなら、
それは良いサービスとは言えないし、存続していいサービスでもないと思うのです。

「フェアトレード」って、何も発展途上国との間にだけ必要な観念ではないよね。




2009-0606-BLOG6785 (2)




日本人は、外側の世間に向けた「こうあるべき」という理想や理屈、企業や組織の目的や都合に合わせることの方を、圧倒的に優先してしまうという傾向が強いし、

物凄く働いて心身を酷使するのが、立派で褒められることのような感覚がまだ残っているし、

その上、真面目で細かいので、難しいレベルのことやサービスを可能にしてしまうのは素晴らしいけれど、それを安く簡単に提供して、それが当たり前になり、提供側の首を絞めてしまったりする。


戦後の復興の時代はそれが人々や国の役に立ったとしても、もう同じそのやり方だと、ちっとも豊かな国にならない、むしろ人々も国も疲弊する一方だということに、

そろそろ気づいてもいいんじゃないかと、最近ますます、私は思っています。


と、なんだか偉そうに聞こえたかもしれないけれど、私がこんな風に思うのは、この国で育った私の中にも、日本の歪みや頑なさと同じ感覚、観念、行動があって、まだまだそれに縛られていたから。

日本というこの国の歪みや苦しみも強く感じてきたし、自分自身の古い観念もかなり自覚して、手放そうとしてきたつもりでしたが、

日本も私も、戦後からこんなに時間が経っているのに、まだこんなにも「貧乏(不況)だから」という無意識の感覚が染みついてしまっていて、全ての発想がそこからになってしまっていたんだなあ・・・

と、そんなことをこのところ痛感しています。


こういうの、たいてい親から受け継いでしまうから、無意識に入ってしまっているんだよね。
現実的にどれだけお金があろうと、どれだけ他の国に比べて豊かな点があろうと、感覚は変わらない。

良いものをできるだけ安く提供することは、社会や顧客のための良いことのような気がしてしまうけれど、それほどの価値でないものを高値で売りつけることと同じくらい、それは良くないことが、

最近やっと私にも、実感として、具体的に色々とわかってきはじめています。









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