「富士山とツイッター(の可愛い子)に癒された日」からの続きです。)


と、それから続けて、この人のツイートにはまって、熟読してしまいました。
あまりにもかわいく、あまりにも幸福感満載で、脳が麻痺するようなうっとり感に。(笑)

半年分以上も読んでしまい、上の息子さん4歳が、私と一日違いの誕生日ということまで知りました。

自分のアカウントもずいぶん前に閉じたし、最近ツイッター自体見ることもなかったのに、この人のツイートを読むためだけにアカウント取り直そうかと、一瞬思っちゃった☆

なんという幸せの極致の毎日なんだろう。
https://twitter.com/utamaro55


この幸せ、かわいい二人のお子さんではなく、自分が作り出しているものだって、この人本人は思っていないんだろうな。

でも、こんな幸せがごく普通の日常として、当たり前に起きているという人生を創ったのは、この人そのものと今までなんだ、ということが、私にははっきりとわかる気がします。

私の感じている微妙な違いを言葉で伝えられるかわからないけれど、この人は、大人としての体裁や、照れの気持ち、その元になる観念などに捕らわれていないのが、とてものびのびしていて清々しい。

子供と接していて感じるかわいさ、喜び、愛情や幸福感を、全部感じるまま正直に受け取り、しかも外へ向かってごく当たり前のこととして、ここまで率直に堂々と表現できるのは、

ごく普通に見えながら、かなり稀なことではないかと思います。

子育てツイートやブログは他にもあり、子供にもっとメロメロな内容を書いている人もいることは知っているけれど、ここまで日本的常識から自由で、自然にのびのびしている人は珍しい気がするのです。


子供さんたちの様子が余りにかわいくて、子供は3歳までに、育ててもらう恩を返しておつりがくるくらいの幸せを、既に親に与えている、というのは、紛れもない真実だろうなあ、とも改めて思ったし、

こんなお母さんと毎日を一緒に過ごして、こんな風に育てられたら、子供は幸せに生きるのが当然の人になるに決まっているなあ(幸せはもう約束されているな)、とも思いました。


ほんとのところ、世界を変えたかったら、まず自分が心底幸せな大人になって、幸せな子供を育てるのが、何よりも一番確実だなあと思います。

そのシンプルなことが、複雑な世界を構築してしまった人間には逆にとても難しくて、今もまだ簡単なことでないのは、わかっているけれど。




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他にも、読んでいて思ったことが、それこそいちいちリツイートしたいくらいわんさかあったのですが、ひとつだけ書くとしたら、

こんな心の落ち着いた、豊かな幸せを毎日生きている人の生活を垣間見て、自分の人生と比べて落ち込んだり、深く考え込んでしまったりすることなく、

幸福感をそのままお福分けしてもらって、受け取ることができる自分になってきたことが、とても楽で幸せだな、と感じて嬉しかったこと。


日本人は「ごく一般的でまっとうな人生や生活の規準」があるような感覚の人が多いと思うし(高校で教科書に基準が書いてあったりするし)、私もそれをずっと勝手に圧迫感として感じてきて、

そこから大きく外れている自分を、ダメな奴と思う気持ちから抜け出せずにいたけれど、

実際の所は本当に色々な人がいて、色々な人生があり、仕事や結婚や子育て等、たとえ同じ単語で表されることをしていても、

内容も、感じている感情も、動機や目的も、それこそ天と地ほども人によって違っていることが、最近ようやく実感として腑に落ちてきたのです。


だからこそ、こんなふうに、一見平凡な、どこにでもある幸せに見えるツイートでも、書いている人の稀に見る成熟したバランスのいい人柄が、以前にもましてよく感じられるし、

この人が今こういう人生を生きているのは、どんな両親のもとにどんな体質や資質を持って生まれ、どんな子供時代を育つか、から始まって、

本人の力も勿論あるとしても、それ以前にもこの人に用意されたシナリオや理由があってのことで、自分と引き比べることは全く意味がない、関係ないことなんだ、ということも、よくわかってきました。


たとえば同じ女性だからとか、同じ日本人だから、同じ現代人だから・・・等々、

共通する常識的観念や文化の中で生きていると、前述のように何か基準があり、その基準や観念の中で、当然同じような経験や幸せが持てるはずだ、という感覚が、誰でも多かれ少なかれあるけれど、

それはもともと思い込みだし、全然そうではないんだよね。
もしも外側からは同じように見えても、実は内容は全く違ってたりするんだよね、と。


大雑把にいうと、子育てひとつとっても、母親になるのが一番の夢で、授かる前から子供が欲しくてたまらず、実際に生まれたら、毎日が幸せで、子や人生への感謝でいっぱい、という人も知っているし、

子供が欲しいなんて実は思っていないことにさえ気づかず、世間では結婚して子供を持つのが普通だから、持っているのが勝ち組だしステイタスだから、という感覚で当然持つものとして子供を産み、

親という偉大なものになった自分の苦労を強調し、昔ながらの恐怖政治のような厳しい観念で躾をして、子育てのストレスを無意識で子供にぶつけているような人も知っています。


この二例の天地ほども離れた感覚や具体的な日常生活の間に、まだ様々な違う地点があり、そのどこにも、誰かの経験があるのだと思います。

それくらい、同じ「子育て」でも、実際の体験は、あらゆる詳細が人によって違う。

同じ人間という種である以上、子供の心身の発達の過程は大筋では同じだから、同じ事象は体験するとしても、それに伴う感覚や観念、行動など、すべてがそれこそ千差万別なのだと思います。




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・・・こんなに長く書くつもりじゃなく、ちょっとした記事を更新するつもりで始めたんだけどなあ、そろそろ自分の傾向と、今までの行動や結果を、もっとしっかり把握しなくちゃね。(笑)

把握したうえで、もっと短い記事も入れて、更新できたらいいなと思っています。

毎日色々思うことがあるのに、それをできる限りやり過ごそうとして、書かないでいるから、いざ書き始めると止まらなくなってしまうんだよね、と。

ちょこちょこ書いた方が、自分にも健全だし、読んでくれる人にも楽で親切かも。


そうそう、実際の子育てとは違うことはわかっているけれど、かわいいお子さんの様子を読みながら、私は時々、「でもうちのうにちゃんの方が、私にはやっぱりかわいい」と思っていました。

無口ではにかみやで、黙ってにこにこ笑っているだけのような、大人しいうにちゃんだけど、
私の胸の中にいて、実際に手で抱きしめることはできないけれど、(以前はそれもつらかったけれど)

私と私のうに子にとっては、出逢った時から、正確には出会う前から、この世で一番かわいい、いとしいうにちゃんで、彼の笑顔を思い浮かべただけで、どんな時でもつられて私も笑顔になってしまう、

最近以前にも増してパワーアップしている、私の癒しキングです。




※うにちゃん関連の記事、色々あります↓ よかったら行ってみてね。

うに子とその最愛のだーりん

美は愛する人の目の中に

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