子供の頃から、初夏が私の一年で一番好きな季節。


香りのいい花が大好きで、残念ながら体質的に苦手な、外来種の水仙や百合などを除き、

新春の頃から順番に、
蝋梅、梅、沈丁花、フリージア、(香りはしないけれどもちろん桜)、ボロニア・・・

等々と、楽しみにしているのだけれど、
桜の頃を過ぎると、花の香ではなくても、辺りがほのかに苦みのある清しい新緑の香りで満ちて来て、

もう毎日空気を吸うだけで幸せ、という気持ちになります。


ただ、一瞬はそう思えても、既に10代に入った頃から、いつも現実は私にとってとても厳しくて、
毎日を穏やかな感覚で過ごせることはありませんでした。

こんなに世界は美しいのに、なぜこんなに生きていて苦しいのか、と、
目の前の美しい自然に触れても、現実とのギャップにつらくて悲しい思いをすることが殆どだったし、

あまりに毎日つらくて、次第に感覚が麻痺したようになり、
花を見ても緑の香を嗅いでも、星を見ても月を眺めても、

何も感じないようになって、そんな自分に本気で恐ろしくなったこともありました。




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だけど今年はなぜだか、毎年本当に短く過ぎ去ってしまっていた大好きな一瞬の初夏が、
随分長く感じて、いつも以上に爽やかで心地よく、いい香りであまくて、とろけそうな気がして、

贅沢な気持ちになっています。


今年は今までと違うのかもしれない。
いつもそう思う少しずつの変化を積み重ねて、本当にこの初夏は、今までと違う気がしています。

もう去年までのように、生きるのがつらい現実の中にある、微かな心の救い、ではない。

陽の光も、木や花の香りも、空の色も土の匂いも、
風も、

夜もいるよ、明日もいるよ、ずっとこれから傍にいるよ、と
キラキラと輝きながら、私に語りかけているかのよう。


何も疑わず、いなくなる心配などしたこともなく、ずっとそばにいるのが当たり前のように、
私の隣で丸くなり、安心しきって眠っていた、いとしいあの子(猫)のように、

私も初夏の腕に抱かれて、いつまでも安らいでいていいんだ、
彼らはもうどこにも行かないし、私がどこかへ行く必要もない、

ずっと一緒にいていいのだ、

そんな、理屈には合わないことを、でも真実だと感じている、
そんな毎日です。



今、私の部屋の中には、一年中の香木の中で最も好きなふたつの花のかおり、
梔子と蜜柑の甘い香りが満ちていて、あまりにうっとりとして、

世界中の幸福を独り占めしているような、
そんな気がするほど。


最愛の初夏、最愛の5月、
最愛の香り、

そして最愛の人として扱い始めた、大切な私。

私の中にある、私の大好きな、大切なものたち。


全部ぜんぶ、生きているから愛していると感じていられる。
大切だと感じて、やさしい想いで、憶えていられる。


たくさんたくさん、稀なほど、どんな物語よりもひどい思いをして生きてきたけれど、

生きることを、心から愛し、楽しめる私に、
やっと今、向かっているような、

もうなっているような、

そんな気が、
この頃するのです。



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