連続記事の4回目です。まだの方はこちらからどうぞ。
(どの記事からでも、順番に続きのリンクが開くようになっています。)

「見えないものが見える友人~ルカちゃんの告白」
「クララのような前世1~窓の外に憧れた人生」
「クララのような前世2~古い記憶との符合」

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そして、もう一つ、何年も経ってごく最近になってからふと気づき、どうしてこれに気付かなかったのだろうと愕然としたことがありました。


これもまた中学生の時、私は右足の土踏まずの上(内踝の下)にある骨にひびが入る怪我をし、骨折以上につらいことになり、それからごく最近まで、そこに鈍痛があるのが当たり前になっていました。

そして高校生になった時に、やはり右脚を12針縫う怪我をし、大きな傷跡が今も残っていること、

次は大学生の時、またしても右の足首をひどく打撲し、それもまたそれ以来痛みが消えないだけでなく、足首の前面の筋肉が腫れあがったように変形したまま、元に戻らないこと、

更に社会人になってから、右の足首の急所に重いものが直撃し、しっかり治療しないと一生まともに歩けなくなりかねない、と医者に言われる怪我をしたこと・・・


等々、右足に全治一カ月以上かかる大きな怪我ばかりしていたことに、おかしなようですが、初めて気づきました。

右だけでなく、常にかばう癖がついていた左足も、いつも負担がかかって痛みがありましたし、それだけではなく、子供の頃からサイズの合わない靴を履いていた苦痛も、相当なものだったのです。


つまり私は今までの一生のほとんどを、足が常に痛いのが当たり前の状態で生きて来て、そういえば去年この記事 ↓ でもその話を書いていたのに、

なぜルカちゃんの話を聞いた時、すぐに結びつかなかったのだろうかと、自分でも不思議です。

「薔薇のバレエシューズ2~私と足が経て来た道」

(母の思い込みと自分の無知で、1㎝以上も小さい靴を履き続けてきた話です。美しいバレエシューズの画像は、その前の記事に、より多く載せています。→「薔薇のバレエシューズ1」


これだけのことに「気づかない」などというのは、普通ではありえないおかしいことに思われると思いますが、大きな怪我の痛みを特に重大なことと認識できないほど、もっと苦痛なことが日常に頻発していたので、

怪我が多いことも、痛みも、数えきれないそれらの苦痛の中に埋没してしまっていたのです。

私が当時感じたよりずっと、ルカちゃんの教えてくれた情報は正しかったんだなと、これに気付いた時、改めて思いました。


そして更に、初めて変だと気づいたことがありました。

いつも足が痛いのが当たり前だったのに、私は歩くことが好きで苦と思わず、京都にいた20代の頃などは、例えば一条戻り橋辺りから出町柳駅まで、京都御苑を通って片道30分ほどの道のりを、

好んで往復していました。

怪我の跡があちこち痛んだだけではなく、上のバレエシューズの記事に書いたように、まだ当時は全く足に合わないサイズの小さな靴も、勘違いしたまま履いていたので、

夜になるといつでも、部屋の中を普通に歩くこともできないほど足が痛み、足の側面やかかとだけで、狭いワンルームの中をよちよち移動したり、立って料理もできないほどになっていたのですが、

それが当たり前だったので、諦めて何も対策をしないまま受け入れていたのです。


よく考えてみたらつくづく変ですよね。
足がいつもそんなにも痛いのに、歩くのが大好きなんて。

そして、そんなにも痛いのに、それが当たり前だと思って、何もせずに諦めていたなんて。


そんな普通ではあり得ない矛盾も、今生の私の環境や問題などの現実的な視点をちょっと置いておいて、その前世の話を思うと、なんとなく納得がいくような気がします。

痛くても当たり前だから仕方がない。
でも歩けるものなら、それでも歩きたい。

・・・だったのかもしれないな、と。



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最後にもう一つ、今私がとても興味深く感じているのは、去年体験した足の変化と、それを経てこの記事を書く時が、こうして来たということです。


バレエシューズの記事でも書いたように、この数年は足の痛みもかなり軽減してきていたのですが、半年ほど前、冷え対策で試したことが、意外にも足の症状に驚くほど劇的な効果を発揮し、

長年しこり状になって残っていた、右足首のねんざの跡の筋肉の盛り上がりが、目を疑うほどあっという間に、殆ど目立たないくらいに消えていくのを目の当たりにしました。

そしてほとんど同時に、その部位の痛みも、中学生の時からの慢性的な土踏まずの痛みも、数日間激しくなった後、信じられないほどきれいに引いていったのです。

当然一生付き合うものだと、諦めていたのに。
あの驚きと不思議な感覚は、ちょっと言葉では言い表すことができないほどでした。


「後ろの私」も、楽になったかな。

もしかして、足(脚)の痛みがこんなになくなったということは、もう私の後ろにいる人は、その人ではなくなって、他の人に交代したのかもしれません。

そして私も、その人の影響を受けた静かな毎日から、少し違う生活へと変化している現在を感じています。