私には今年の夏はとりわけ、湿気と、クーラーと、そしてクーラーなしの暑さの、それぞれがとても堪えて、なかなかに苦戦中なのですが、

まったく日差しを遮るもののない、灼熱の反射地獄と化すベランダで、今年はなぜか数鉢の植物たちが去年までとは違う生命力を見せています。

どうしてだろう?
不思議だなあ。


5月末から6月にかけて、たくさんの花を咲かせて、その香りで私をうっとりさせてくれた梔子と、
やはり6月に、小さな細い枝に優美な花を次々と咲かせて、心配になるほど頑張ってくれた合歓が、

少し前からまた蕾を着け始め、今また二度目の花を咲かせてくれているのです。




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梔子は最初の時ほどわんさと蕾がついているわけではないのですが、
ほんの一つでも花が咲くと濃厚な甘い香りがするので、その香りが大好きな私は、とても癒されます。

そして合歓は、こんな小さな木に本当に花が咲くのか、咲かせて大丈夫なのか、と思うほど、まだ本当に小さな、枝の細い木なのに、なぜか6月の時よりも更にたくさん蕾がついていて、

先日から毎日次々と花が開き始め、今日の花の数は1日で15!
ふんわりふわふわの白とピンクの絹糸のような花が、これまた甘い清々しい香りを漂わせています。


とにかくもう可愛いやら、はらはらするやら。


素晴らしい世話をしているわけではまったくなく、正直、他のことに精一杯でろくな手入れをしていない、ダメな類の世話主なのに、

他の場所に移すと、太陽が当たらずもっとひどいことになると経験済みなので、仕方なく置いているけれど、本当に死と隣り合わせのような灼熱のベランダなのに、

ひと夏、それもわずか3カ月足らずの間に2度も、こんなにもたくさん花をつけてくれるなんて、どういうことなの。

無理して生命力使いすぎて、弱ったりしないよね、大丈夫だよね、ほんとに無理しないで、と、
嬉しいけれど、いじらしくて心配で。




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ともあれ、毎日水をやる度に、こんな小さな植物も、こんなに生命力溢れているんだなあ、と思うし、

彼らなりに精一杯、私を励ましてくれているような気がするし、
(植物も人との間に絆を感じて、反応するというのは、昔から色々なところで言われていますよね。)

愛情や命のあたたかさに触れている気がするのです。




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残念ながら、どちらの花も今のところ写真が撮れていないので、今日の画像は先日撮った夕陽です。
撮った場所は移動していますが、全て同じ日の、ほんの20分ほどの間に撮った、空の写真です。

そうそう、これを撮った日は、台風通過前でした。
だからちょっと不穏な感じの雲の色です。

それに、夏至の頃と比べると、もうだいぶ暮れ始めてから沈むまでの時間が短くなってきました。


それもそのはず、今週、7日(月)は立秋。
昨日8日(火)は満月でしたね。

暦の上では、とよく言いますが、実感としても、朝晩は涼しくなってき始め、風が涼しくなってくる季節なので、今年のこの数か月の過ごしにくさが、少しずつ楽になって来るのではと期待しています。


加えて、スピリチュアル系の人々によると、昨日はライオンズゲートなるものが開いた日でもあり、どんどんありのままの自分で生きる方向へ、世界が進んでいるのだとか。




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私もこの鉢植えたちのように、その日、その時、その瞬間、精一杯の自分の命を、自分という生きもの全体を、自分でしっかりと感じながら、大切に生きられるようになっていきたいなと思います。

今までその感覚が全然わからなかったので、まだ自分の心身に注意を払うことを、マイナスの地点からやっと学び始めているという所ですが、

まだこんなにできない、と落ち込むのではなく、それでもほんのちょっとずつでも、進んでいるのを評価して、自分を励ましていけたらいいなと思うのです。


そうして自分の内を見ること、内側の豊かさや平安を見つけていくことが、外側にも反映されるということを、改めて気づかされることが重なった、この数日間でした。

最近、前よりはできるようになってきた気がしていたのに、まだすぐ外の現象(現実)ばかり見て、焦ったり落ち込んだりの反応でいっぱいになる(なっていた)ことに気付き、ハッとしました。


でもこれも、きっとこうして何度でも、気づいたらまた内側に注意を戻して、という訓練で、上手になっていくのだろうと思います。慣れなんだろうな、と。




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慣れていないと、自分の体が、心が、直感が、何を今感じているか、訴えているかを、敏感にとらえることって、本当に難しい。

赤ちゃんの時には、誰でも自然にできていて、それ以外はできなかったくらい当たり前のことなのに、人は育つ過程で、それを積極的に無視するように訓練してしまう傾向があり、特に私はそれが重症。

いまだにお腹が空いたとか、眠いとか、そんなことさえ察知するのが遅れるし、感じてもその体の感覚に従うことができず、むしろ逆らう訓練が徹底してしまっていて、そこから抜け出すのが大変です。

自分のことなのにね。


でも、時にそんなダメダメな自分に絶望しそうになっても、気持ちをとり直す練習もちょっぴり進んで、少しずつ色々なことが進んでいると感じ・信じることができ始めている、今日この頃です。







※新しいもう一つのブログ魂は ものがたりを語るもよろしく。
最新記事は「読めない名前を持つ父~「陽」の字が私を守った 2」です。

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